坂を下って神様のもとへ
参道を下った先に拝殿がある「下り宮」の特徴的な景観
投谷八幡宮の最大の特徴は、「下り宮(くだりみや)」と呼ばれる、全国でも極めて珍しい参道の構造です。通常の神社では、鳥居をくぐって参道を「上り」ながら社殿へと向かいますが、当宮では鳥居から参道を「下って」社殿へと向かいます。
この「下り宮」と呼ばれる形式は、宮崎県の鵜戸神宮、群馬県の貫前神社、そして当宮など、全国でもごく限られた神社にしか見られない、極めて珍しい形式です。
神様のもとへ「降りていく」という独特の参拝体験は、ここでしか味わうことのできない特別なものです。緑深い参道を一歩一歩下りながら、心を静めて神前へと進む。その瞬間、千三百年の時を超えた祈りの場へと、自然と心が向かうのを感じていただけることでしょう。
大イチョウ ─ 母乳と子宝の御神木
かつての投谷八幡宮の大イチョウ ─ 黄金色に輝いていた頃の姿
投谷八幡宮の拝殿、その傍らに長く聳え立ってきた御神木の大イチョウ。四百年以上の歳月を重ねたこの大樹は、当宮を訪れるすべての人々を見守り、深い信仰の対象として愛されてまいりました。
この大イチョウには古くより、「母乳の出が良くなる」「子宝に恵まれる」という篤い信仰が伝えられてきました。その由来は、樹齢を重ねた幹から垂れ下がる気根(きこん)が、ちょうど乳房のような形状をなしていること、また、樹液や実の形にあるとされ、母なる神の恵みを象徴する御神木として、長きにわたり多くの参拝者の願いを受け止めてまいりました。
御祭神である神功皇后は、母性と慈愛の象徴として知られる女神。その御神徳と大イチョウの霊験が重なり合い、当宮は古くから安産・子育て・子宝のお社として、女性たちに深く愛されてきたのです。
四百年の生命、なおも大地に立つ
令和四年の社殿火災により、この大イチョウもまた、長く伸ばしてきた枝葉の多くを失うこととなりました。秋に黄金色に輝いていた、あの懐かしい姿を、今すぐに皆様にお見せすることは叶いません。
しかしながら、四百年の時を生き抜いてきたこの御神木は、今もなお大地に深く根を張り、立ち続けております。長い歳月をかけて積み重ねてきた祈りの記憶は、決して失われることはありません。
社殿の再建とともに、この御神木がふたたび豊かな枝葉を取り戻すことを、私たちは祈り、見守り続けてまいります。皆様にも、変わらぬご支援とお祈りを賜りますよう、心よりお願い申し上げます。
「子を授かりますように」
「母乳が豊かに出ますように」
──大イチョウは、四百年の祈りを今もなお宿し続けています。
石體(しゃくたい)
原始八幡信仰を伝える磐座
本殿南側に鎮座する二つの巨石「投谷八幡宮の石體」(市指定史跡)
投谷八幡宮の石體
- 所在地
- 投谷八幡宮 本殿の南側の斜面
- 東側の巨石
- 縦2.2m × 横3.35m の楕円形
- 西側の巨石
- 縦2.6m × 横3.65m の楕円形
(上部に豆矢の痕が残る) - 向き
- いずれも北側を向く
本殿南側の斜面に鎮座する、二つの巨石「石體(しゃくたい)」。向かって左の東側に縦二・二メートル、横三・三五メートルの楕円形の巨石、向かって右の西側に縦二・六メートル、横三・六五メートルの楕円形の巨石が、いずれも北側を向いて鎮座しています。西側の石の上部には豆矢の痕が残されており、長い歳月の痕跡を今に伝えています。
この石體は、八幡信仰の総本宮である宇佐神宮(大分県)の御許山(おもとさん)に降臨した八幡三神の磐座を模したものとされ、また鹿児島神宮の石體宮(しゃくたいぐう)に倣って祀られたと伝えられています。
社殿が建てられるよりも遥か昔から、人々は巨岩を依り代として神を祀ってきました。この石體は、そうした原始的な八幡信仰の姿を今に伝える、極めて貴重な遺構なのです。令和三年(二〇二一年)、曽於市の史跡に指定されました。
石體の意義
石體は、九州における八幡信仰の重層性を考える上で、研究者からも注目されている貴重な文化財です。八幡信仰の原点を今に伝える、千三百年の祈りの証として大切に守り継がれています。当宮を訪れる際は、ぜひこの石體にも手を合わせてください。
王子面 ─ 室町の祈りを今に伝える
弘治2年(1556年)作と伝わる、六面の王子面(1面のみ掲載)
投谷八幡宮の王子面
- 制作年
- 室町時代・弘治2年(1556年)
- 作者
- 立本藤兵衛
- 素材
- 木製/表は金泥で彩色、眉・髭等を墨で描く
- 面数
- 六面(三の面は昭和50年に復元)
室町時代の弘治二年(一五五六年)、立本藤兵衛によって作られたと伝わる、六面の神事用の面。表は金泥で彩色され、眉や髭等は墨で精緻に描かれています。眼孔・鼻孔・紐孔を備え、毎年十月の王子神幸祭で用いられる、当宮にとって極めて重要な文化財です。
六面は「六王子」として、それぞれに名前と寸法があり、一つの行事として揃って祭礼を構成します。
うちやまもん
かみむれもん
うちむらもん
※昭和50年復元
さこもん
おおじもん
ありしまもん
令和四年の社殿火災を奇跡的に免れ、現在も大切に保管されています。平成二十七年(二〇一五年)、曽於市の有形文化財(美術工芸品)に指定されました。
受け継がれる祈りの証
投谷八幡宮には、長い歴史の中で受け継がれてきた貴重な文化財・社宝が伝わっています。
棟札・妻板
社殿の歴史を刻む棟札と妻板。令和四年の火災を奇跡的に免れ、当宮の千三百年の歴史を未来へと繋ぐ、かけがえのない証として大切に保管されています。
島津家奉納の歌詠
島津義久公・家久公・斉宣公が奉納された詠歌懐紙・短冊。また、康綱の刀も社宝として保管されており、当宮と島津家との深い縁を物語っています。