PRECINCTS 境内案内
01 / 下り宮

坂を下って神様のもとへ

下り宮の参道

参道を下った先に拝殿がある「下り宮」の特徴的な景観

投谷八幡宮の最大の特徴は、「下り宮(くだりみや)」と呼ばれる、全国でも極めて珍しい参道の構造です。通常の神社では、鳥居をくぐって参道を「上り」ながら社殿へと向かいますが、当宮では鳥居から参道を「下って」社殿へと向かいます。

この「下り宮」と呼ばれる形式は、宮崎県の鵜戸神宮、群馬県の貫前神社、そして当宮など、全国でもごく限られた神社にしか見られない、極めて珍しい形式です。

神様のもとへ「降りていく」という独特の参拝体験は、ここでしか味わうことのできない特別なものです。緑深い参道を一歩一歩下りながら、心を静めて神前へと進む。その瞬間、千三百年の時を超えた祈りの場へと、自然と心が向かうのを感じていただけることでしょう。

02 / 御神木

大イチョウ ─ 母乳と子宝の御神木

かつての大イチョウ 黄葉した姿

かつての投谷八幡宮の大イチョウ ─ 黄金色に輝いていた頃の姿

投谷八幡宮の拝殿、その傍らに長く聳え立ってきた御神木の大イチョウ四百年以上の歳月を重ねたこの大樹は、当宮を訪れるすべての人々を見守り、深い信仰の対象として愛されてまいりました。

この大イチョウには古くより、「母乳の出が良くなる」「子宝に恵まれる」という篤い信仰が伝えられてきました。その由来は、樹齢を重ねた幹から垂れ下がる気根(きこん)が、ちょうど乳房のような形状をなしていること、また、樹液や実の形にあるとされ、母なる神の恵みを象徴する御神木として、長きにわたり多くの参拝者の願いを受け止めてまいりました。

御祭神である神功皇后は、母性と慈愛の象徴として知られる女神。その御神徳と大イチョウの霊験が重なり合い、当宮は古くから安産・子育て・子宝のお社として、女性たちに深く愛されてきたのです。

─ 現在の大イチョウ ─

四百年の生命、なおも大地に立つ

令和四年の社殿火災により、この大イチョウもまた、長く伸ばしてきた枝葉の多くを失うこととなりました。秋に黄金色に輝いていた、あの懐かしい姿を、今すぐに皆様にお見せすることは叶いません。

しかしながら、四百年の時を生き抜いてきたこの御神木は、今もなお大地に深く根を張り、立ち続けております。長い歳月をかけて積み重ねてきた祈りの記憶は、決して失われることはありません。

社殿の再建とともに、この御神木がふたたび豊かな枝葉を取り戻すことを、私たちは祈り、見守り続けてまいります。皆様にも、変わらぬご支援とお祈りを賜りますよう、心よりお願い申し上げます。

「子を授かりますように」
「母乳が豊かに出ますように」
──大イチョウは、四百年の祈りを今もなお宿し続けています。

03 / 石體

石體(しゃくたい)
原始八幡信仰を伝える磐座

投谷八幡宮の石體 二つの巨石

本殿南側に鎮座する二つの巨石「投谷八幡宮の石體」(市指定史跡)

投谷八幡宮の石體

市指定文化財 史跡 令和3年(2021年)指定
所在地
投谷八幡宮 本殿の南側の斜面
東側の巨石
縦2.2m × 横3.35m の楕円形
西側の巨石
縦2.6m × 横3.65m の楕円形
(上部に豆矢の痕が残る)
向き
いずれも北側を向く

本殿南側の斜面に鎮座する、二つの巨石「石體(しゃくたい)」。向かって左の東側に縦二・二メートル、横三・三五メートルの楕円形の巨石、向かって右の西側に縦二・六メートル、横三・六五メートルの楕円形の巨石が、いずれも北側を向いて鎮座しています。西側の石の上部には豆矢の痕が残されており、長い歳月の痕跡を今に伝えています。

この石體は、八幡信仰の総本宮である宇佐神宮(大分県)の御許山(おもとさん)に降臨した八幡三神の磐座を模したものとされ、また鹿児島神宮の石體宮(しゃくたいぐう)に倣って祀られたと伝えられています。

社殿が建てられるよりも遥か昔から、人々は巨岩を依り代として神を祀ってきました。この石體は、そうした原始的な八幡信仰の姿を今に伝える、極めて貴重な遺構なのです。令和三年(二〇二一年)、曽於市の史跡に指定されました。

石體の意義

石體は、九州における八幡信仰の重層性を考える上で、研究者からも注目されている貴重な文化財です。八幡信仰の原点を今に伝える、千三百年の祈りの証として大切に守り継がれています。当宮を訪れる際は、ぜひこの石體にも手を合わせてください。

04 / 王子面

王子面 ─ 室町の祈りを今に伝える

投谷八幡宮の王子面

弘治2年(1556年)作と伝わる、六面の王子面(1面のみ掲載)

投谷八幡宮の王子面

市指定文化財 有形文化財(美術工芸品) 平成27年(2015年)指定
制作年
室町時代・弘治2年(1556年)
作者
立本藤兵衛
素材
木製/表は金泥で彩色、眉・髭等を墨で描く
面数
六面(三の面は昭和50年に復元)

室町時代の弘治二年(一五五六年)立本藤兵衛によって作られたと伝わる、六面の神事用の面。表は金泥で彩色され、眉や髭等は墨で精緻に描かれています。眼孔・鼻孔・紐孔を備え、毎年十月の王子神幸祭で用いられる、当宮にとって極めて重要な文化財です。

六面は「六王子」として、それぞれに名前と寸法があり、一つの行事として揃って祭礼を構成します。

一の面
内山門
うちやまもん
縦26cm(角4cm)× 横18.5cm
二の面
神牟礼門
かみむれもん
縦28cm(角6cm)× 横17.5cm
三の面
内村門
うちむらもん
縦23cm × 横18cm
※昭和50年復元
四の面
迫門
さこもん
縦21.5cm × 横17.5cm
五の面
大路門
おおじもん
縦21cm × 横17.5cm
六の面
有島門
ありしまもん
縦21cm × 横17.5cm

令和四年の社殿火災を奇跡的に免れ、現在も大切に保管されています。平成二十七年(二〇一五年)、曽於市の有形文化財(美術工芸品)に指定されました。

05 / 社宝

受け継がれる祈りの証

投谷八幡宮には、長い歴史の中で受け継がれてきた貴重な文化財・社宝が伝わっています。

棟札・妻板
社宝

棟札・妻板

社殿の歴史を刻む棟札と妻板。令和四年の火災を奇跡的に免れ、当宮の千三百年の歴史を未来へと繋ぐ、かけがえのない証として大切に保管されています。

島津家奉納の和歌懐紙
社宝

島津家奉納の歌詠

島津義久公・家久公・斉宣公が奉納された詠歌懐紙・短冊。また、康綱の刀も社宝として保管されており、当宮と島津家との深い縁を物語っています。

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